2025年6月11日、東京で開催された「Code with Claude Tokyo Extended」。Anthropicが主催するこのイベントに、Claude CodeのHeadであるBoris Chernyが登壇。Claudeの最新バージョンである”Fable 5”が発表された翌日ということもあり、熱狂的に迎え入れられた。
会場を埋めたエンジニアたちの前で、Chernyは静かに、しかし確信を持って語り始めた。「コーディングは、大部分において解決済みの問題になりつつある」——。この一言が示す意味は、単なる技術トレンドの話ではない。ソフトウェア開発という行為そのものの再定義であり、「エンジニア」という職種の根本的な変容を予告するものだった。
本記事では、Chernyの講演「What happens when domain experts can finally build」の核心を、彼の言葉と思想とともに読み解いていく。

Boris Chernyとは何者か——TI-83から始まった開発者人生
Boris Chernyは、AnthropicでClaude Codeの開発責任者を務めるエンジニアだ。彼の開発者としての原点は、意外なほど身近な場所にある。
「私がプログラミングを始めたのは、TI-83という電卓でした」とChernyは語る。TI-83とは、かつて数学の授業で広く使われていたグラフ電卓のこと。多くの生徒が計算ツールとして使うなか、Chernyは独自のプログラムを書き込んでいた。「クラスメートたちに使ってもらうために、小さなプログラムを作っていたんです。それが私にとっての最初のソフトウェア開発でした」。
その後、HTMLを学び、eBayの出品ページを自作するなど、「コードで何かを作る」ことへの興味を着実に深めていった。初期版のレアなフォトグラフィックカードを約100万円相当で売買するためのリストページを自ら構築したというエピソードは、彼が一貫して「技術を手段として使う人間」であることを示している。
そのChernyが今、「コーディングそのものをAIで解決する」プロダクトの責任者として東京に立っている。この文脈を知ることで、彼の言葉の重みが変わってくる。

「コーディングは解決済み」——5,000万人から全人類へ
講演のなかで最も注目を集めたのが、「コーディングは大部分において解決済みの問題になりつつある」という主張だ。
現在、世界でコードを書けるのはおよそ5,000万人と言われている。しかしChernyが見据えているのは、その先にある世界だ。「ドメインエキスパートが、自分でビルドできるようになったとき、何が起きるのか」——これが、彼の講演タイトルに込められた問いである。
医療の専門家が、自分の業務に必要なツールを自ら作る。教育者が、生徒に最適化された学習システムを自ら構築する。農業従事者が、自分の畑のデータを管理するアプリを自ら開発する。これまでは「エンジニアに頼む」しかなかった領域が、専門知識を持つ当事者自身の手に渡る。Chernyはその変化を、「印刷機の発明以来の転換点」と表現する。
印刷機が登場する以前、文字を書けるのは一部の聖職者や貴族だけだった。印刷機はその壁を壊し、知識の民主化をもたらした。Claude Codeが担おうとしているのは、ソフトウェア開発における同様の役割だ。「コードを書く能力」が特権から普遍的なスキルへと変わるとき、世界のビルダーの数は5,000万人から、文字通り全人類へと拡張される可能性がある。

数字で見るClaude Code 1年目——年換算25億ドル・生産性200%・GitHubコミットの4%
Claude Codeがリリースされたのは2025年。わずか1年足らずで、その影響は数字として現れ始めている。
Chernyが講演で示したデータは、開発者にとって無視できない規模感を持つ。年換算で25億ドル相当の経済価値を生み出しているとされるClaude Codeは、ユーザーの生産性を平均200%向上させているという。さらに驚くべきは、GitHubへのコミット全体の約4%がすでにClaude Codeを通じて生成されているという事実だ。
「私たちは小さなチームでこれを作り始めました」とChernyは振り返る。当初は限られたリソースのなかで、「良いものを作りたい」という一心でプロダクトを磨いてきた。しかし市場の反応は予想を超えるものだった。ユーザーからのフィードバックが次々と寄せられ、それが新たな改善のサイクルを生み出していった。
これらの数字が示すのは、Claude Codeが「試してみた人もいる」レベルを超え、実際の開発現場に深く組み込まれているという現実だ。GitHubコミットの4%という数字は、今この瞬間も世界中のリポジトリで積み上がり続けている。
開発スタイルの大転換——「対話型プロンプト」から「自律型エージェント管理」へ
Claude Codeの登場は、開発者の働き方そのものを変えつつある。Chernyはその変化を、明確な段階として説明した。
第1段階:対話型コード生成
最初の段階では、開発者がプロンプトを入力し、AIがコードを返す。人間がすべての指示を出し、AIはその都度応答する。いわば「高性能な補完ツール」としての使い方だ。
第2段階:自律型エージェント管理
しかし現在、先進的な開発者たちはすでに次のステージへ移行している。AIエージェントに対して「このプロジェクトを進めておいて」と指示し、人間はその進捗を管理・レビューする立場に回る。コードを「書く」のではなく、コードを「管理する」へのシフトだ。
「今、私たちはコードのマネージングエージェントの段階にいます」とChernyは言う。「そして次は、エージェントのグループをマネージングするエージェントへと進んでいく」。
この変化は、エンジニアに求められるスキルセットを根本から変える。重要になるのは、「どう書くか」ではなく「何を作るべきか」を判断する能力だ。要件を定義し、品質を評価し、方向性を修正する——そういった上流の思考力が、これまで以上に価値を持つようになる。

ボトルネックの連鎖——コード生成の次に現れる問題を解き続ける
「一つの問題を解くと、次の問題が見えてくる」——Chernyはこの連鎖を、Claude Code開発の核心として語った。
コード生成の速度が上がれば、次のボトルネックはコードレビューになる。レビューが自動化されれば、今度はセキュリティスキャンが追いつかなくなる。テストの実行速度、デプロイのパイプライン、ドキュメントの整備——次々と新たな制約が浮かび上がる。
「私たちは毎日、この問題の連鎖に向き合っています」とChernyは言う。これは単なる技術的な課題ではなく、開発プロセス全体の再設計を迫るものだ。
具体的な例として、Chernyはシングルパスアプリケーションの開発サイクルについて触れた。従来は数週間かかっていた開発フローが、AIエージェントの活用によって大幅に短縮される。しかし短縮されたぶん、人間がレビューに割ける時間も比例して短くなる。「速くなることは、単純に良いことではない。速さに見合った品質管理の仕組みを同時に作らなければならない」。
このボトルネックの連鎖を解き続けることが、Claude Codeチームの日常であり、それがプロダクトの進化を駆動している。
設計思想の根底——「The Bitter Lesson」と「6ヶ月後のモデルのために作れ」
Chernyの開発哲学を理解するうえで欠かせないのが、「The Bitter Lesson(苦い教訓)」への言及だ。
The Bitter Lessonとは、AIの歴史から導き出された教訓を指す。「人間の知識を組み込んだ複雑なシステムより、シンプルなアーキテクチャに大量のデータと計算力を与えたほうが、長期的には勝る」という考え方だ。AIの歴史において、精巧に設計されたルールベースのシステムは、スケールしたニューラルネットワークに繰り返し敗北してきた。
この教訓が、Claude Codeの設計思想に直結している。「今のモデルのために最適化するな。6ヶ月後のモデルのために作れ」——これがChernyのチームに共有されている原則だ。
現在のモデルの弱点を補うための複雑な回避策を作り込むより、モデルが進化したときに自然に恩恵を受けられるシンプルな設計を選ぶ。短期的には非効率に見えても、モデルの能力が向上するにつれて、シンプルな設計のほうが加速度的に良くなっていく。
「私たちは今、非常に速い速度でモデルが改善されている時代にいます」とChernyは強調する。「だからこそ、今日の限界に合わせた設計をしてはいけない。未来のモデルが走れる道を作ることが、今の私たちの仕事です」。
また、講演ではAnthropicが開発中のエージェント評価フレームワーク「Fable」と、マルチエージェント協調のための実験的プロトコル「Mythos」についても言及があった。FableはAIエージェントが実際の開発タスクをどれだけ自律的にこなせるかを測定するためのベンチマーク群であり、MythosはAIエージェント同士が役割を分担しながら複雑なプロジェクトを進めるための通信仕様を定義するものだという。「これらはまだ実験段階ですが、エージェントの品質を客観的に評価し、複数のエージェントが連携する基盤を整えることが、次のフェーズへの鍵になる」とChernyは述べた。

2026年末の予言——「ソフトウェアエンジニア」が「ビルダー」に置き換わる世界
講演のクライマックスで、Chernyは大胆な予測を口にした。「2026年末には、『ソフトウェアエンジニア』という肩書きは、『ビルダー』という言葉に置き換わっていくだろう」。
この予測が意味するのは、エンジニアという職種の消滅ではない。その定義の拡張だ。
現在の「ソフトウェアエンジニア」は、コードを書く技術的専門家を指す。しかしChernyが描く「ビルダー」は、より広い概念だ。コードを書くかどうかに関わらず、ソフトウェアを使って何かを構築できる人間——それがビルダーだ。
「あなたの夢を持っている人が、あなたの企業の課題を解決したい人が、自分でそれを作れるようになる」とChernyは語る。「それは今まで、エンジニアリングの知識がある人にしかできなかったことです。でも今、その壁が取り払われようとしている」。
この変化は、採用においても現れる。Chernyのチームでは、「技術的な知識の深さ」だけでなく、「何を作りたいかという意志の強さ」を重視するようになってきているという。ドメインエキスパートが自らビルドできる時代において、最も価値があるのは「問題を発見し、解決策を構想する能力」だからだ。

まとめ——印刷機以来の変革の波と、私たちに求められること
Boris Chernyが東京で語ったのは、遠い未来の話ではない。GitHubコミットの4%がすでにAIによって生成されているという現実が示すように、変化はすでに始まっている。
コーディングの民主化は、5,000万人のエンジニアだけの問題ではなく、「何かを作りたい」すべての人に関わる変化だ。対話型から自律型へのシフト、ボトルネックの連鎖を解き続ける姿勢、6ヶ月後のモデルのために設計するという哲学——これらはすべて、「今この瞬間にどう動くか」を問いかけている。
エンジニアとして今日できることは何か。 まずClaude Codeを実際に試してみることだ。プロンプトを打つだけでなく、エージェントとして動かし、その出力を管理・評価する経験を積む。「書く人」から「管理する人」へのシフトを、自分自身の開発ワークフローのなかで体感することが、次の時代への最初の一歩になる。
「ビルダーの時代」は、すでに始まっている。
Claude CodeのAPIドキュメントおよびAnthropicの開発者向けリソースは、Anthropic公式サイトにて公開されています。Claude.aiおよびClaude Code CLIは今日から試用可能です。なお、本講演の録画はAnthropicの公式チャンネルにて後日公開予定です。
本記事はopus合同会社が提供するAIエージェントによる記事制作プラットフォーム「sonata」により制作されています。